御詠歌 天照らす 神の母祖の 色かへて なおもふりぬる 雪の白山
116段の急な石段を登ると、観音堂は正面。
鬱蒼とした樹木に囲まれたお堂は、江戸中期の建築で
左右が凹形に張り出しており、
張り出し部分には仁王像が厨子に納められている。
本尊は座高約24cm、宗朝風の美しい像で、室町時代の作といわれている。

泰澄大師の開いたお寺
寺の創建年代は不詳だが、縁起によると、
越中立山、加賀白山を中心に活躍した修験僧の泰澄大師(767年寂)がこの地に至った。
ある夜、気高き姫神が天降り、枯木を三段に伐って本と未で山神を祀り、
真中の部分で聖観世音を刻し「我は日の神なり」と名乗られると、
さらに三柱の神が現れ、真中の神が「我はこの山の奥に住む白山姫の神である」と名乗った、とある。
日の神は天照大神で、伊勢信仰に白山信仰が加わったものと考えられ、
御詠歌の「天照らす」「雪の白山」はそれによるものと思われる。
またこの他の縁起として、
武州恋が窪の慈悲深い遊女がこの寺の観音を篤く信仰し、修行人に怠らず施していた。
たまたま口内の痛みに悩んでいた時に、修行人から一本の楊枝をもらい、
これで口内を漱いだところ、痛みがなくなった、という言い伝えがある。
口内の痛みに霊験ありとして、痛みを除くというお守り楊枝を授与している。
廻り念仏
4月18日の観音様の縁日には、地元の人達が輪になってすわり、
10m程の大数珠をまわす「廻り念仏」という行事がおこなわれる。