御詠歌  苔むしろ しきてもとまれ 岩の上 玉のうてなも 朽ちはつる身を

秩父橋で荒川を渡り、二十番の標識を見つけるともう近い。
樹木に囲まれた小道を下ると観音堂の前にでる。
かつて巡礼者は荒川を渡し船で渡り、
観音堂前の大覗岩の下にあった奥の院から石段をのぼって観音堂に向かったという。
堂内には宮殿型の厨子があり、
観音開きの扉の裏には日天、月天、風神、雷神と共に観音三十三応身の彫刻がほどこされ、
貴重な文化財として保護されている。

観音堂

秩父札所の中ではもっとも古い建物といわれる観音堂は江戸初期の造営で、
元禄年間(1688~1703年)に内部の補修を、
宝永年間(1704~1710年)に彫刻の補修をおこなっている。
現在の堂守の内田氏の先祖が、自らの資金と関東広域からの勧募をもとに
25年の歳月をかけて造りあげたもの。

乳水場

観音堂から荒川の方に石段を降りると「乳水場」と呼ばれる奥の院がある。
ここの水を飲むと乳の出がよくなり、重湯やかゆをたいて赤ちゃんに食べさせるとよいといわれている。
(現在は、歩道が危険なため、非公開)