御詠歌  みどり子の 母その森の 蔵福寺 ちちもろともに ちかひもらすな

番場通りを秩父神社に向かって進むと札所十五番の石碑が建つ。
秩父鉄道の踏切をわたると、石段の上に白漆喰塗りの本堂が目に入る。
本堂(観音堂)が白漆喰塗りの耐火構造の土蔵造りなのは、
明治11年(1878年)の秩父大火で焼失した教訓を活かして再建されたため。
本堂の欄間には、信者達により観音経を絵解きした16枚の彩色彫刻がある。
境内には花木が多く植えられ、それぞれに名札が下げられている。

五千株の福寿草

春先には他の花々にさきがけて、福寿草が可愛らしい花を咲かせる。
先代住職の丹精によるもので、
冬で花のない時でも、ここで脚を休めるお参りの方々の眼を和ませようと植えられたもので、
いつの間にか五千株を越えたという。
陽当たりのよい場所から咲くので長い間咲き続ける。
観音経偈文の一節に「福聚海無量」とあるが、
「福聚海」と「福寿草」とだぶらせて、巡礼の人々は本堂の名を「福寿殿」と呼んでいる。

秩父事件殉職警官の墓

本堂の右手に秩父事件で殉職した二人の警官の墓と当時の内務大臣の山形有朋の碑がある。